令和3年民法改正「遺産分割に関する新たなルールの導入」を弁護士がわかりやすく解説
所有者不明土地の増加が、社会問題となっています。これを受けて、さまざまな法改正や新たな法の整備がなされました。
今回は、所有者不明土地解消に向けた法改正の中でも、特に民法の改正で導入された「遺産分割に関する新たなルール」に焦点を当てて解説します。
目次
所有者不明土地とは
土地や建物の名義人とその住所は、法務局に登記がされています。しかし、その名義人の情報が必ずしも最新であるとは限りません。
そのため、登記名義人に連絡を取ろうにも取れないケースや、登記名義人の生死さえ不明であるケース、登記名義人の死亡が推測されてもその相続人がわからなかったり連絡が取れなかったりするケースなどが各地で頻発しています。このような状態となってしまった土地を「所有者不明土地」と呼びます。
所有者不明土地をたとえ第三者が使用したいと考えても、相手が不明である以上は買い取ったり借りたりすることができません。そのため、土地の適切な利用が阻害されてしまいます。
また、近隣住民が、所有者不明土地から伸びて越境している草木などの対処に悩まされてしまう場合もあるでしょう。しかし、現行の法律では、勝手に枝を切ることは困難です。
所有者不明土地は、このようなさまざまな問題の原因となっています。
所有者不明土地が生まれる主な原因
所有者不明土地はなぜ誕生してしまうのでしょうか?その主な原因は、次のとおりです。
住所変更登記の放置
土地の所有者が不明となってしまう理由の一つは、住所変更登記の放置です。
土地の所有者の住所が変わったら、名義人の住所変更登記を行うことが原則です。しかし、この住所変更登記はこれまで義務ではなく、たとえ行わなくても罰則などはありませんでした。
そのため、住所が変わったにもかかわらず、住所変更が未了である土地が多く生まれてしまっています。
相続登記の放置
土地の所有者が不明となってしまうもう一つの大きな理由は、相続登記の放置です。
相続登記とは、土地の所有者が亡くなった際に、その土地の名義を相続人などへと変更する手続きです。しかし、これまで相続登記は義務ではなく、放置をしても特に罰則はありませんでした。
もっとも、都心の土地など価値のある不動産であれば、その不動産の権利を守るため、相続登記をきちんと行うケースが大半でしょう。一方で、売れる予定も見込みもないような農村の土地などについては、わざわざ費用をかけてまで相続登記をするメリットが見出しにくく、相続登記をしないまま放置されてしまうケースが少なくありません。
さらに、その後相続人も亡くなるなどして相続が繰り返されることにより、もはや現在の権利者が誰なのかわからず、本人さえも権利者であると自覚していないような所有者不明土地が数多く生まれてしまっています。
法定相続分と具体的相続分の違い
所有者不明土地防止に向けた遺産分割に関する新たなルールを解説する前に、「法定相続分」と「指定相続分」、「具体的相続分」について解説しておきましょう。
これらの違いを知っておくことが、所有者不明土地防止に向けた遺産分割に関する新たなルールを理解するための土台となるためです。
法定相続分とは
法定相続分とは、法律(民法)で定められた、相続での取り分を指します。
たとえば、亡くなった人(「被相続人」といいます)の法定相続人が配偶者と長男、長女であった場合の法定相続分は、それぞれ次のとおりです。
配偶者:2分の1
長男:4分の1
長女:4分の1
指定相続分とは
被相続人が生前に有効な遺言書で指定することで、この法定相続分に修正を加えることが可能です。
たとえば、遺言書で「配偶者、長男、長女の相続分を、それぞれ3分の1とする」と定めていたとします。この場合には、上で解説した法定相続分が修正され、指定どおりの「配偶者3分の1、長男3分の1、長女3分の1」の割合で遺産を分けることが原則です。
このときの指定された割合のことを「指定相続分」といいます。
具体的相続分とは
具体的相続分とは、法定相続分にさまざまな事情を加味して修正を加えた結果による相続分です。
たとえば、被相続人の法定相続人が配偶者と長男、長女であった場合、次の事情があったと仮定しましょう。
1. 長男は、被相続人が亡くなる8年前からコツコツと贈与を受け、合計2,000万円のお金を被相続人から受け取っていた
2. 長女は被相続人が営む農業に長年無償で従事していた
このような事情がある場合、単純に「配偶者2分の1、長男4分の1、長女4分の1」という法定相続分で遺産を分けることは、不公平な感じがするかと思います。
この、「不公平な感じ」を具体的に計算して是正した後の相続分が「具体的相続分」です。
たとえば、長男が生前贈与を受けた「1」は「特別受益」に該当するため、長男が贈与を受けた金額を遺産総額に足し戻して、具体的相続分が計算されます。また、「2」における長女の行為は「特別の寄与」に該当する可能性が高いため、その寄与の度合いなど具体的事情を加味したうえで、長女の相続分を多めに算定します。
所有者不明土地防止に向けた遺産分割に関する新たなルール
先ほど解説したように、所有者不明土地が生まれてしまう問題の一つに、相続登記の放置が挙げられます。これを受けて、所有者不明土地防止に向けた遺産分割に関する新たなルールが創設されました。
従来制度の問題点と改正のポイントは、それぞれ次のとおりです。
参照元:土地・建物に特化した財産管理制度の創設(令和5年(2023年)4月1日施行)
従来制度の問題点
これまで、具体的相続分の請求について、時効のようなものはありませんでした。そのため、相続人にとって、早期に遺産分割の請求をするインセンティブが働きにくかったといえます。
しかし、相続発生から時間が経過するにつれて、具体的相続分の根拠となる証拠が散逸してしまいます。
たとえば、上の具体的相続分の欄で挙げた例でいえば、「長男が被相続人から合計2,000万円の贈与を受けた」ことや、長女が「長年無償で被相続人の営む農業に従事していた」証拠後が集めにくくなっていくわけです。
相続が起きてから時間が経ってから遺産分割をしようとすると、さらにこの証拠の散逸がハードルとなり、遺産分割の完了までにさらに時間がかかったり、さらに長期間放置したりするなど、悪循環となっていました。
改正のポイント
今回の改正により、被相続人の死亡から10年を経過した後にする遺産分割は、具体的相続分ではなく、原則として法定相続分(または遺言書による指定相続分)によることとされました。つまり、具体的相続分を反映させて遺産分割を行いたければ、被相続人の死亡から10年以内に遺産分割を行う必要があるということです。
これにより、具体的相続分で分けたい相続人(上の具体的相続分の欄で挙げた例でいえば、長女や配偶者)にとって、早期に遺産分割を行う必要性が高まります。
なお、次のいずれかに該当する場合には例外的に、10年経過後であっても具体的相続分を反映させた遺産分割が可能です。
1. 10年経過前に、相続人が家庭裁判所に遺産分割請求をしたとき
2. 10年の期間満了前6ヶ月以内に遺産分割請求をすることができないやむを得ない事由が相続人にあった場合において、その事由の消滅時から6ヶ月経過前に、その相続人が家庭裁判所に遺産分割請求をしたとき
3. 相続人全員が具体的相続分による遺産分割をすることに合意したとき
「2」における「やむを得ない事由」としては、たとえば被相続人が遭難して死亡していたが、その事実が確認できず、遺産分割請求をすることができなかったなどが該当します。
所有者不明土地防止に向けた遺産分割に関する新たなルールの適用はいつから?
所有者不明土地防止に向けた遺産分割に関する新たなルールは、令和5年(2023年)4月1日に施行されます。では、この新たなルールは、いつ発生した相続から適用されるのでしょうか?
施行時に相続開始から既に10年が経過しているケース
改正法施行日である令和5年(2023年)4月1日時点において、相続発生から既に10年が経過している場合には、施行時から5年の猶予期間が設けられることになっています。
施行時点で10年が経過したからといって、施行日と同時に具体的相続分で遺産分割をする権利が消滅するわけではありません。この場合に具体的相続分を請求したければ、施行日から5年以内に遺産分割を行うようにしましょう。
施行時から5年以内に相続開始から10年が経過するケース
施行日から5年以内に相続発生から10年の期間が到来するケースでは、施行時から5年の猶予期間が設けられることになっています。
たとえば、施行日の1年後に相続開始から10年の期間が経過したからといって、その時点において具体的相続分で遺産分割をする権利が消滅するわけではありません。この場合に具体的相続分を請求したければ、施行日から5年以内に遺産分割を行うようにしましょう。
施行時から5年後10年以内に相続開始から10年が経過するケース
施行時から5年後10年以内に、相続開始から10年が経過するケースでは、原則どおり相続開始時点から10年経過時点で、具体的相続分で遺産分割をする権利が消滅します。
この場合に具体的相続分で遺産分割したければ、施行日からではなく、相続開始時点から10年以内に遺産分割を行うようにしましょう。
所有者不明土地の解消に向けた主な動き
所有者不明土地の解消に向けては、ここまでで解説をした所有者不明土地防止に向けた遺産分割に関する新たなルールの導入のほか、次の法整備が行われています。
住所変更登記等の義務化
所有者不明土地が生まれる原因の一つであった住所変更登記の放置を減らすため、不動産登記法の改正により、住所変更登記が義務化されます。
改正法が施行された後は、住所変更をした日から2年以内に住所変更登記をしなければなりません。正当な理由がないにもかかわらずこの義務に違反した場合には、5万円以下の過料が課される可能性があります。
この改正は、令和8年(2026年)4月までに施行される予定です。
相続登記の義務化
住所変更登記の放置と並んで所有者不明土地が生まれる主な原因の一つであった相続登記についても、不動産登記法の改正により義務化がなされました。
改正法が施行された後は、相続などで不動産の所有権を取得したことを知った日から3年以内に相続登記をしなければなりません。正当な理由がないにもかかわらずこの義務に違反した場合には、10万円以下の過料が課される可能性があります。
この改正は、令和6年(2024年)4月1日に施行される予定です。改正法施行日以前に発生した相続について順次適用されていきますので、現在すでに相続登記を放置してしまっているという場合には、早期に相続登記を済ませておきましょう。
相続土地国庫帰属制度の創設
これまで、相続で受け取った土地だけを「捨てる」方法はありませでした。
相続放棄の制度はあるものの、これははじめから相続人ではなかったこととされる制度です。たとえば、「預貯金は欲しいけれど、この土地はいらない」など、都合よく選択ができる制度ではありません。
そのため、たとえばほとんど出向いたことのないような山林や農村の土地などを相続しても、その後の管理や処分に困ってしまうケースが頻発しています。自分だけが面倒を負うことを避けるため、あえて相続登記をしないまま放置をしていたケースもあることでしょう。
そこで新たに誕生したのが、「相続土地国庫帰属制度」です。この制度では、相続したものの不要である土地を、国にもらってもらうことが可能となります。
ただし、国は受け取った土地を税金で管理していく以上、どのような土地でも国庫に帰属させられるわけではありません。原則として、次の土地は帰属させられない点に注意が必要です。
建物、工作物、車両等がある土地
土壌汚染や埋設物がある土地
危険な崖がある土地
境界が明らかでない土地
担保権などの権利が設定されている土地
通路など他人による使用が予定される土地
そのうえで、10年分の土地管理費相当額である「負担金」を、国に納める必要があります。相続土地国庫帰属制度は、令和5年(2023年)4月27日に施行される予定です。
民法の改正
所有者不明土地に関しては、民法でも多くの改正がなされています。先ほど解説した遺産分割に関する新たなルールのほか、民法の主な改正点は次のとおりです。
共有制度の見直し
不動産が共有である場合において共有者の一部が所在不明となると、その不動産の利用について共有者間の意思決定ができず、共有不動産の円滑な利用が阻害されるとの問題が指摘されていました。
これを受けて、共有物の利用や共有関係の解消をしやすくするため、共有制度全般についてさまざまな見直しがされました。
相隣関係の見直し
隣地が所有者不明土地である場合などには、自己の建物の修繕に必要な隣地の利用や、隣地から越境した枝の切取りなどに必要となる同意を、隣地の所有者から得ることができません。そのため、土地の円滑な利活用が困難となるとの問題がありました。
このような問題を受け、隣地を円滑かつ適正に使用することができるようにする観点から、相隣関係に関するさまざまなルールの見直しが行われました。
土地・建物に特化した財産管理制度の創設
所有者が不明である土地・建物や、所有者が分かっていても管理不全状態にある土地・建物は、さまざまな問題の原因となっています。
たとえば、公共事業や民間取引を阻害したり、近隣に悪影響を発生させたりするなどといったことです。そこで、土地・建物の効率的な管理を実現するために、このような個々の土地・建物の管理に特化した財産管理制度が新たに設けられました。
まとめ
所有者不明土地の解消に向けて、さまざまな法改正や法の整備がなされました。中でも、今回解説した「所有者不明土地防止に向けた遺産分割に関する新たなルール」が適用されると、自己の相続分に直結する可能性がある改正です。
具体的相続分が発生している相続に関する遺産分割を放置してしまっている場合には、具体的相続分に関する権利が消滅してしまう前に、相続に遺産分割を行うようにしましょう。相手が遺産分割の話し合いに応じてくれないなど何らかのハードルがある場合には、ぜひ早期に弁護士へ相談されることをおすすめします。
たきざわ法律事務所には、遺産分割や不動産法務に詳しい弁護士が在籍しております。遺産分割が未了の土地についてお困りの際には、ぜひたきざわ法律事務所までお気軽にお問い合わせください。