たきざわ法律事務所

編み物動画に関するYouTuber同士の訴訟

この記事を書いた弁護士は…

 

 

はじめに

「編み物動画に関するYouTuber同士の訴訟が起きた」との報道がされています。

毎日新聞「著作権侵害通知の「乱用」巡り、編み物ユーチューバー同士が争い 京都地裁初弁論」2020年8月19日配信

報道によると事案の概要は下記のようです。

現時点では報道の範囲内の情報しかわからないため、訴状の具体的な内容や論点が不明ですので、本コラムでは一般論として編み物(動画)が著作権侵害になる場合について解説していこうと思います。

 

ここでは以下の定義と事例を前提として解説していきます。

 

定義

  • 編み物:糸を編んで作った手芸品(手芸品を糸で編む行為自体も「編み物」と言いますが、今回の解説では編んだ結果生まれた手芸品そのものを指すものとします。)
  • 編み物動画:編み物の作り方(編み方)を解説する動画

 

事例

Aさんは、特定の編み方で「編み物a」を制作しました。そしてその過程を解説した「編み物動画a」を撮影・編集し、動画共有サービスにアップしました。

その数か月後、Bさんも同じ特定の編み方で「編み物b」を制作し、その過程を解説した「編み物動画b」を撮影・編集し、動画共有サービスにアップしました。

Bさんの行為は著作権侵害になることがあるのでしょうか。

 

編み物と編み物動画が著作権侵害になるかどうかのポイント

著作権侵害になるためにはいくつかの要件があるのですが、今回の事例では編み物aと編み物動画aそれぞれについての①著作物性の有無と②侵害行為(法定利用行為)の有無がポイントになります。

 

今回のポイントを図にすると以下のイメージです。

※厳密には他にもポイント(著作権制限規定の該当有無等)がありますが、今回は解説の関係上省略しています。

 

以下、それぞれ詳細を解説していきます。

編み物は著作権で保護されるのか?(編み物の著作物性)

まず、編み物が著作権で保護される対象なのか、つまり著作物性があるのかについて解説していきます。

 

編み物が著作権で保護されるためには著作物である必要があります。

 

著作物とは、著作権法上

思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するのもの(著作権法2条1項1号)

とされています。

 

定義の詳細については、過去のコラム を参照いただければと思いますが、今回だと編み物が美術の範囲に属するものつまり美術の著作物(著作権法10条1項4号)といえるのかが問題になります。

 

編み物は、ポーチやブックカバーといった実用品として制作されたものが多いものと思われますので、「実用品目的の物品に応用される美的創作物」に該当するものだと思われます。この「実用品目的の物品に応用される美的創作物」は応用美術と呼ばれています。

 

実は、この応用美術がどこまで美術の著作物として著作権で保護されるのかについては日本の著作権法には明記されていません。(一品制作モノの美術工芸品だけは美術の著作物に含まれる旨が規定されていますが、それ以外の応用美術について明記されていません。)

 

なので、学説も分かれている状態でした。

 

過去の裁判例を見てみますと、従来は

  • ①純粋美術(絵画や彫刻のように専ら美的鑑賞を目的として作られた作品)と同視できるレベルの美的鑑賞性がある応用美術に限って著作物性を満たす

という傾向だったのですが、近年は

  • ②(他の著作物と同じように)作者の個性が発揮されていれば著作物性を満たす

とする裁判例(知財高判平成27.4.14「TRIPP TRAPP事件」)が登場しており、学説だけでなく裁判例も揺れ動いている状況です。

 

仮に②をベースに考えるのであれば、編み物の表現に何かしら作者の個性が発揮(=創作性あり)されていれば美術の著作物として保護される可能性が高いことになります。

 

一方で、編み物の表現が、

  • 実用的機能を実現するためのデザインである
  • ありふれた表現である
  • 機能上表現の幅が限定されている
  • 機能上制約を受けて個性を発揮する余地がない

といった場合には美術の著作物として保護される可能性が低くなるということになります。

 

では、具体的に編み物のどこにフォーカスを当てて、作者の個性が表現されているかを見ていけばいいのでしょうか。

 

編み物に関する過去の裁判例(東京地判平成23.12.26と知財高判平成24.4.25「手編みベスト事件」)では、以下の点が表現を基礎づける部分である判示されていますので、この部分に作者の個性が発揮されているかどうかをみていくことになろうかと思います。(なお、この手編みベスト事件では著作物性が否定されています。)

 

編み物における表現を基礎づける部分

  • 編み目の方向の変化
  • 編み目の重なり
  • 各モチーフの色の選択
  • 編み地の選択

 

今回の事例にあてはめると、編み物aについて、編み目の方向の変化、編み目の重なり、各モチーフの色の選択、編み地の選択といった点に作者であるAさんの個性といえるような表現上の工夫がされていれば、著作物性ありと判断されるものと思われます。一方で、実用的機能を実現するためのデザインである、ありふれた表現である、機能上表現の幅が限定されている、機能上制約を受けて個性を発揮する余地がないといった事情がある場合には著作物性なしと判断される可能性が高くなると思われます。

特定の「編み方」が著作権で保護されるのか(編み方の著作物性)

これは余談ですが、著作権法上創作的な表現を行う際に用いられた手法や作風それ自体は保護されません。

 

したがって、編み方という編み物を作るために用いられた方法自体は、著作物には該当しません。

 

編み方は著作権で保護されないということですので、今回の事例ですと、Aさんの編み方をBさんが勝手に使用して別の編み物を作ること自体は著作権侵害にならないことになります。

 

ただし、編み方を解説した文章については、文章内容に作者の個性が表現されているのであれば、言語の著作物(著作権法10条1項1号)に該当し、保護される可能性がありますので注意です。

「編み物動画」は著作権で保護されるのか(編み物動画の著作物性)

先ほど、編み方を解説した文章については保護される可能性がある旨を解説しましたが、同様に編み方を解説した編み物動画についても動画の表現内容に作者の個性が視聴覚的効果として発揮されているのであれば、映画の著作物(著作権法10条1項7号)として保護される可能性があります。

 

特に動画共有サービスに投稿されるような編み物動画は、多くの人に視聴してもらうことを想定していますので以下のような工夫が見られることが多く、映画の著作物として保護される動画が多いと思われます。

 

動画における工夫の例

  • 編んでいる状況がわかるようにカメラのアングル調整
  • 編み物へのライトの当て方の調整
  • 編み方のわかりやすい解説(口頭での説明だけでなくテロップでの表現も含む)
  • 映像に合わせたBGMや効果音等の素材の利用
  • 映像における不要な部分の削除(カット)

 

過去の裁判例としては、ニコニコ生放送の動画を映画の著作物として認定した事例(大阪地判平成25.6.20「ロケットニュース24事件」)があります。

 

なお、一般的に動画は多くの素材(被写体、音声、イラスト、写真等)で構成されています。動画全体の著作物性とは別に、個々の素材も著作物として保護される可能性もありますので注意が必要です。(第三者が著作権を持つ素材を動画内で使う場合には、権利制限規定に該当する場合を除き、権利処理が必要です。)

 

今回の事例ですと、Aさんの編み物動画aについて上記のような表現上の工夫が見られるのであれば、少なくとも編み物動画a全体が映画の著作物として保護される可能性が高いものと思われます。

編み物について侵害行為が行われているか(権利侵害の可否)

編み物が著作物性を満たす場合、次に侵害行為が行われているかを検討します。本コラムでは、複製権と翻案権侵害についてフォーカスをあてて解説していきます。

※同一性保持権侵害の有無についても問題となり得ますが、今回は省略します。

 

複製権・翻案権は、著作権者の許諾なく第三者が著作物を複製したり、改変して利用したりする行為を規制対象としています。そして、複製権・翻案権侵害の具体的な判断基準としては、「依拠性」と「同一性・類似性」の2つが主なポイントになります。この2つのポイントが認められる場合には、複製権・翻案権の侵害になります。

依拠性

依拠性については、他人の作品を参考にして創ったかどうかがポイントになります。

今回の事例ですと、BさんがAさんの編み物aを知っていて編み物bを創ったのであれば、依拠性ありとなります。逆に、BさんがAさんの編み物aを全く知らずに編み物bを創ったのであれば、依拠性なしとなります。

同一性・類似性

同一性・類似性は、創作的な表現が共通しているかどうかがポイントになります。(判例では、「表現上の本質的特徴が直接感得できるかどうか」と言われています。)

今回の事例ですと、Bさんの編み物bとAさんの編み物aを比較した際に創作的な表現が共通するのであれば、同一性・類似性ありとなります。編み物における創作的な表現はどこなのかという問題があるかと思いますが、それは編み物の著作物性の箇所で説明した【編み物における表現を基礎づける部分】が参考になるものと思われます。

 

なお、同一性・類似性のより具体的な判断手法としては以下のような濾過テストと呼ばれる手法があります。

 

※実際は、さらに同一性を有する部分と相違する部分との量や内容の比較、作成の経緯等も考慮しながら総合判断がされることになります。

 

今まで複製権と翻案権を区別なく説明してきました。ここで複製権侵害と翻案権侵害の区別の仕方についても解説しておきます。

 

複製権侵害と翻案権侵害との区別は、加えられた変更等の創作性の有無であるため、BさんがAさんの編み物aを利用するにあたって、創作的表現が付加されていないのであれば複製となり(下図②)、付加されているのであれば翻案となります(下図③)。一方、利用はしていても編み物aの表現上の本質的部分が直接感得できない程度まで改変されていれば別個の著作物となり侵害とはなりません(下図④)。

 

編み物動画について侵害行為が行われたか

次に編み物動画における侵害行為について解説します。まず、編み物動画の権利侵害については、以下のようなパターンがあることは理解しておきましょう。

編み物動画全体が権利侵害(動画全体が類似)しているパターン

編み物の場合と同じく、依拠性と同一性・類似性で判断されます。

 

BさんがAさんの編み物動画aを参考にして編み物動画bを創ったのであれば、依拠性ありとなり、編み物動画aと編み物動画bを比較して、創作的な表現が共通するのであれば、同一性・類似性ありとして複製権または翻案権の侵害となります。(動画共有サービスに投稿しているので併せて公衆送信権等も侵害になります。)

 

編み物動画の創作的な表現は、編み物動画の著作物性の箇所で説明した【動画における工夫の例】が参考になるかと思います。

 

ただ、動画については、セリフやカット・構成を含めて、ある程度長い時間で酷似している場合でないと、創作的な表現の共通性を認めない傾向にあるため、実際のところ動画全体としての複製権・翻案権侵害のハードルは高いと考えられます。

編み物動画内における素材利用が権利侵害しているパターン

編み物動画の著作物性の箇所でも説明したとおりですが、素材(被写体、音声、イラスト、写真等)が第三者の著作物である場合には、制限規定に該当する場合を除いて、素材の著作権者の許諾なく素材を編み物動画に利用すると著作権侵害に該当する可能性があります。

 

また、素材と動画全体それぞれ分けて考える必要がある関係上、非常に細かい論点ですが、以下の要素を満たすと編み物動画が翻案権侵害の可能性も理論上はありえることなります。

  • Bさんが編み物a(または編み物aの著作権を侵害する編み物b)の作り方を解説する編み物動画bを作成
  • 編み物aに著作物性あり
  • 編み物動画b内において、編み物aの創作的な部分が表現されている

 

さいごに

以上、編み物と編み物動画が著作権侵害になる場合について解説しました。著作権侵害と判断するためには、幾つもの論点がある事をお分かりいただけたかと思います。編み物に関する裁判例が少ないのもありますが、編み物の保護範囲については、あいまいな部分が非常に多いです。

 

報道されている編み物動画に関するYouTuber同士の訴訟がどのような形で決着を迎えるのかわかりませんが、今後も編み物や編み物動画に関するトラブルは起きてくると思います。

 

誰でもコンテンツを作成して自由に世界に公開できる時代だからこそ、公開する側の方はコンテンツが権利侵害にならないように配慮する意識を持つ必要があるでしょう。

 

権利侵害についてご不安な方は是非一度著作権に関する法律知識の豊富な弁護士にご相談ください。

 

 

 

 

 

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サンカラ

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