データ取引に関する契約を交わす際に気を付けておくべきポイント
インターネットの登場によってあらゆるものがデジタル化されました。
個人でもスマートフォンを1人1台所有する事が当たり前になり、また音楽や読書などもデジタル化が進み、あらゆる個人情報がデジタル化されました。またそれらパーソナルデータを扱う事業者間の取引においても、データ取引が主流になってきました。
「ビッグデータ」とも呼ばれる膨大な量のデータについてですが、法整備が追いついていない分野も多く、特に企業間での取引においては契約内容などを含め、その扱いに気を付けなければなりません。
本稿では、企業間取引において、データ取引・契約を行う際に、法的観点からどのような点について気を付けるべきなのか解説します。
目次
日々増え続けるデータ取引の総量
全国規模での流通網の整備、eコマースの浸透などによって、事業者は誰しも全国、あるいは全世界の潜在顧客に対してアプローチが可能な世の中になりました。それによって扱わなければならない「顧客データ」は、指数関数的に増大していきました。
2022年のビッグデータ分析市場は1兆5,617億円という莫大な市場になると言われています。2017年の市場規模が約8800億円だったことを考えると、驚くべきスピードで市場が拡大しています。
近年日本では「キャッシュレス化」を政府主導で推進する動きもあり、人々の行動がデータとして記録されていく機会が増大しています。故に、データ取引の増加傾向は今後も続くでしょう。
また、冒頭でも説明した通り、顧客データという旧来からの取引対象だけでなく、DVDやCD、本によって販売されてきた映像や楽曲、出版物がデジタル配信されているように、データ化される商品は増え続けており、もはやデータ取引は企業規模や業種にかかわらず避けて通れない契約類型となっているといえます。
データ取引の3つの種類について
データ取引では、不動産や動産の取引のように、実際に「モノ」があるわけではありません。故に「対象の商品を引き渡してもらえば自分のものになる」という訳にはいかず、また「容易に複製ができてしまう」という性質上、注意しなければならない点が多くあります。
経済産業省が公表した「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」ではデータ取引を下記の3類型に分けて整理しています。
1.データ提供型
データ提供者から他方当事者に対して取引の対象となるデータを提供する際に、当該データに関する他方当事者の利用権限、その他データ提供条件等を取り決めるための契約です。
「データ取引」と聞いて一番イメージが容易な類型がこれに当たります。世の中の多くのデータ取引がデータ提供型によって行われています。
データを譲渡したり、利用許諾を与える契約で、名簿データの購入や、特定のデータベースをインターネット上で閲覧できるようにしたり、また、お互いにデータを提供し、相互利用する契約も本類型に含まれます。
2.データ創出型
複数当事者が関与することにより、従前存在しなかったデータが新たに創出されるという場面において、データの創出に関与した当事者間で、データの利用権限について取り決めるための契約です。
例えば、調査会社がTV番組の視聴履歴を収集する機器を契約者に提供し、契約者が実際に視聴することで視聴率データが作られる、などといった契約はこれにあたります。データを取得したのは調査会社ですが、実際にそれを依頼したテレビ企業やその他の企業との間で、得た視聴率データの扱いや利用権限を予め契約書にて取り決めます。
1つ目のデータ提供型との違いとしては、契約当事者間で文字通りデータを創り出す類型のため、契約時にはまだデータが存在しない点が挙げられます。
3.データ共用型
複数の事業者がデータをプラットフォームに提供し、プラットフォームが当該データを集約・保管、加工または分析し、複数の事業者がプラットフォームを通じて当該データを共用するための契約です。
契約当事者が自ら保有するデータを持ち寄り、活用するための類型ですが、データを集約・分析する場であるプラットフォームの管理者がいるかどうかが、データ提供型における相互利用との違いです。
データ提供型契約において注意すべき点
データ取引の3つの種類の中で、一般的に多くのケースにおいて最も身近な類型が「データ提供型」と説明しました。本章ではデータ提供型における契約を行う際の注意点について解説します。
① 派生データの扱い
データの利用者が、データを加工、分析、編集等して新たなデータを作り出した場合に、その扱いをどうするかが問題となります。例えば、権利の帰属や利益の分配についてなどです。
データの場合、著作権等の法令や裁判例において明確に権利の帰属が定められているとは言い難く、後々問題になりやすいため、契約締結時にきちんと帰属を決めておく必要があります。
② 提供データの品質
データは「知らないからこそ価値がでてくる」商品です。そのため、実際にモノをみて商品を決定できる通常の取引と異なり、データの提供を受けるまではどんなデータなのか不明であるケースが多くあります。
そのため、データの品質、内容、範囲について「どんなデータが取引の対象となるのか」を契約前に明確に定めなければ、契約締結後にデータの品質等が問題になった際に責任が追及できない状況に陥る可能性があります。
③ 提供データを利用したことに起因して生じた損害
万が一、提供を受けたデータが「第三者の権利を侵害」していた場合、データを提供した側だけでなく、データを受領した側も法的紛争に巻き込まれる場合があります。
このとき、第三者との紛争を解決するためにかかった費用をどちらが、どこまで負担するのかについて契約締結時にきちんと定めておくことが必要です。
④ 越境規制について予め理解しておく
データはインターネット上で簡単に国境を超えてやりとりができてしまいます。そのため、インターネット上でデータを提供する場合、あるいはインターネット上での利用が想定される事業者にデータを提供する場合には「どこの国の法律を適用するのか」「どこの裁判所で争うのか」等について予め定めなければなりません。
また、データの内容によっては、国を超えて提供することそれ自体が、違法となるものもあるためご注意下さい。
⑤ 個人情報等を含む場合
提供データに個人情報を含む場合、提供データを第三者に提供する際に、原則として、あらかじめ本人の同意を取得する必要があります(個人情報保護法 23 条 1 項)。
柔軟なデータ活用のためには、個人情報を削除し、匿名のデータとした上で「匿名加工情報」として扱うことも検討する必要があります。
データ提供型契約の取り決め方法
上記でご説明した各種問題点を回避するためには「予めあらゆる事を想定した契約書を交わしておくこと」が何よりも重要です。
契約書の内容は、実際の取引に応じて柔軟に変更することになりますが、データ取引において一般的に網羅しておくべき内容については、下記を参考にして頂ければ幸いです。
(1)データ等の定義
□提供データの定義
□派生データの定義
□契約の目的
(2)提供データの内容・提供方法
① 提供データの内容
□提供データの対象(提供データの概要)
□提供データの項目
□提供データの量
□提供データの粒度
□提供データの更新頻度
② 提供データの提供方法
□提供データの提供形式(紙/電子ファイル、電子ファイルのときのファイル形式)
□提供データの提供手段(電子メールで送付、サーバからのダウンロード、サーバへのアクセス権の付与、記録媒体にデータを記録させて返送)
□提供データの提供頻度
□提供データの提供方法(提供形式、提供手段、提供頻度)の変更方法
(3)提供データの利用許諾等
□データ提供型契約の類型(利用許諾、譲渡、共同利用)
□提供データの第三者提供等の禁止
□提供データの目的外利用の禁止
□提供データの本目的以外の目的での加工、分析、編集、統合等の禁止
□提供データに関する知的財産権の帰属
□提供データの利用許諾の場合、独占/非独占
(4)対価・支払条件
□提供データの対価の金額あるいはその算定方法
□提供データの対価の支払方法
(5)提供データの非保証
□提供データに関する第三者の権利の非侵害の保証/非保証
□提供データの正確性・完全性についての保証/非保証
□提供データの安全性(提供データがウイルスに感染していないか)についての保証/非保証
□提供データの有効性、本目的への適合性についての保証/非保証
□提供データに関する第三者の知的財産権の非侵害の保証/非保証
(6)責任の制限等
□データ受領者に提供データの開示、内容の訂正、追加等の権限を与えない
□提供データに関連して生じた第三者との紛争の対応責任(契約に違反 しない態様での利用の場合/契約に違反した態様での利用の場合)
□データ提供者が賠償責任を負う場合の上限額
(7)利用状況
□データ受領者が契約に従った提供データの利用をしているか否かの報告
□データ受領者が契約に従って提供データの利用をしているか否かについてのデータ提供者の監査
□監査の結果、提供データが契約に従った利用がなされていないことが発覚したときの追加の対価等の支払い
(8)提供データの管理
□提供データと他の情報との区分管理
□データ受領者のデータ管理に関する善管注意義務
□提供データの管理状況についての報告要求、是正要求
(9)損害軽減義務
□データ受領者が提供データの漏えい等が発覚した際の通知義務
□データ漏えい等が生じた場合のデータ受領者の再発防止策等の検討および報告義務
(10)秘密保持義務
□秘密情報の定義
□秘密保持義務の内容とその例外
□秘密保持義務が契約終了後も存続すること、およびその存続期間
(11)派生データ等の取扱い
□派生データの利用権限の有無
□提供データのデータ受領者の利用に基づいて生じた知的財産権の帰属
□提供データのデータ受領者の利用に基づいて生じた知的財産権の、データ提供者の利用権限
□派生データのデータ受領者の利用に基づいて生じた知的財産権を利用して得られた利益の分配
(12)有効期間
□契約の有効期間
□契約の自動更新
(13)不可抗力免責
□(一般的な不可抗力免責事由に加えて)停電、通信設備の事故、クラウドサービス等の外部サービスの提供停止または緊急メンテナンスも不可抗力事由とするか否か
(14)解除
□(一般的な契約解除条項で足りる)
(15)契約終了後の措置
□契約終了後の提供データの廃棄・消去
□提供データの廃棄・消去証明書の提出
(16)反社会的勢力の排除
□(一般的な反社会的勢力排除条項で足りる。たとえば、警察庁が示した暴力団排除条項モデル 113等)
(17)残存条項
□契約終了後も存続させるべき条項について過不足はないか⒅ 権利義務の譲渡禁止
(一般的な権利義務の譲渡禁止条項で足りる)
(19)完全条項
(一般的な完全合意条項で足りる)
(20)準拠法
□準拠法としてどの国、州等の法律を選択するか
(21)紛争解決
□合意管轄として、裁判・仲裁のいずれを選択するか
□裁判地・仲裁地としてどこを選択するか
まとめ
データ取引は、国際的な取り決めや国の方針、あるいは新技術の開発によって日々目まぐるしく制度や法律に変更が加えられます。故に、常に最新の情報を得る必要があり、ひな形等の利用では対応できない取引類型といえるでしょう。
新たな取引等でデータ取引が発生する場合は、きちんとIT周りやデータ取引に詳しい弁護士等の専門家に、契約書の作成を依頼することをお勧め致します。
情報技術分野は日々進歩し、法改正や行政の方針が目まぐるしく変化します。そのため、最新の法律を把握しているだけでなく、前提となる技術分野を理解し、行政の実際の規制運用にも精通している必要があります。
新しい技術分野はビジネスにとってはブルーオーシャンですが、同時にまだ法の運用が定まっておらず裁判例の集積がない地雷原でもあるのです。ビジネスチャンスを逃さないためにも、迅速かつ的確な対応をする必要がございますので、まずは相談ください。