たきざわ法律事務所

タコの滑り台は著作物として保護されるか?最近の裁判例ご紹介

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 1.     はじめに

「公園にあるタコの滑り台が著作物として保護されるべきかどうか」が争われた訴訟の判決が2021年4月28日、東京地裁でありました。この裁判において東京地裁は、原告が製作したタコの滑り台は著作物に当たらないと判断して原告の訴えを退けました。これに対し、原告は判決後の取材に「タコで始まり、タコで終わる人生だと思っている。判決は受け入れられない。」と回答し、控訴する方針だといいます。

本コラムではこのタコ滑り台(以下、「本件」といいます。)について解説していきます。

 

 2.     事案の概要

本件は、公園施設等のデザイン会社である原告が、公園施設等の製作会社である被告に対し、原告が製作したタコの形状を模した滑り台「ミニタコ」(以下、「本件原告滑り台」)が美術の著作物又は建築の著作物に該当し、被告がタコの形状を模した公園の遊具である滑り台を製作した行為が、 本件原告滑り台に係る著作権(複製権又は翻案権)を侵害したとして、損害賠償等を求めた事案です。

 3.     主な争点

 I.     本件原告滑り台が美術の著作物に該当するか

美術の著作物とは、形状や色彩によって平面的又は立体的に表現され美的鑑賞の目的となる著作物をいい、これはさらにつぎの二つに大別されます。一つは専ら鑑賞を目的とする「純粋美術(絵画、彫刻等)」、他の一つは実用・産業上の利用に供される「応用美術」です。純粋美術については、美術の著作物として保護されることに異論はないのですが、応用美術については、一品製作の「美術工芸品(壺、壁掛け時計等)」が美術の著作物に含まれることを明示していますが(著作権法2条2項)、それ以外の量産されるデザイン(机、椅子、電化製品、自動車等)については著作権法上特段の規定がないため、これが美術の著作物として保護されるか否かは定かではありません。

この点について、過去の判例・学説においても、その解釈は大きく二つに分かれています。

1)  純粋美術同視説

純粋美術同視説は、従来の代表的な考え方で、「応用美術が著作物として保護されるためには表現に創作性が認められるだけでは足りず、純粋美術と同視しうる程度の美的鑑賞性を備えていることが必要である」とする考え方です。この説の根拠は、つぎの二点です。

  • 美術とは社会通念上、絵画や彫刻等の「純粋美術」を意味するものと解されるため、応用美術のうち、純粋美術と同視しうるようなもののみが「美術の範囲に属するもの」に該当し、著作物として保護を認めるべきであること
  • 応用美術は意匠法の保護対象となるものであるため、応用美術について安易に著作権法の保護を認めてしまうと意匠法の想定する保護と利用とのバランスが崩れ、量産品のデザイン開発や利用に支障をきたすおそれがあること

純粋美術同視説による場合、純粋美術と同視しうるか否かをどのような視点から判断するかが重要な問題となります。この点について多くの裁判例では、物品の実用的・機能的側面を離れて独立して美的鑑賞の対象となるものかどうかを問題としています。

2)  創作的表現説

これに対し、創作的表現説は、「応用美術についても、一般的な著作物と異なる特別な保護要件を課すことなく、表現に創作性が認められれば著作物として保護すべき」とする考え方です。純粋美術同視説では、意匠法と著作権法との棲み分けを重視しているのに対し、こちらの説では、両法の制度趣旨や目的が異なることから、特段の棲み分けは必要とせず、両法の保護要件を満たす応用美術に関しては重畳的な保護を認めてもよいとしています。また、量産品のデザインを広く著作物として保護した場合の弊害についても、著作権の保護範囲を限定的に解釈したり、著作権の制限規定を柔軟に適用することによって実質的に可能であるとしています。近年の裁判例においても、「作者の何らかの個性が発揮されていれば著作物性を満たす」として創作的表現説をとるものが登場しています(知財高判平成27.4.14「TRIPP TRAPP事件」)。

II.     本件原告滑り台が建築の著作物に該当するか

建築の著作物とは、建造物(あるいは工作物)によって思想・感情を表現したもののうち、著作物性の要件(こちらのコラム参照)を満たしたものをいいます。その範囲には、住宅、ビル、教会、神社仏閣等以外に、橋梁、記念碑、タワー、墳墓等の建造物も含まれうると解されています。これらは、また応用美術の一種ということもできるため、その著作物性の判断は応用美術と類似のものになると解されています。このため、純粋美術同視説と同様に建築の著作物にとして保護されるためには建物としての実用性や機能性とは別に、独立して美的鑑賞の対象となることが要件であるとした裁判例もあります。

 

 4.     裁判所の判断

 I.     本件原告滑り台が美術の著作物に該当するか

A.  本件原告滑り台は美術工芸品であるか

裁判所はまず、本件原告滑り台が「美術工芸品」に該当するか否かの判断をしました。美術工芸品への該当性については、美術の著作物の典型例である「絵画、版画、彫刻」と同様に「主として鑑賞を目的とする」工芸品であることが要件であるとしました。

そのうえで、つぎのように述べ、本件原告滑り台の美術工芸品への該当性を否定する判断をしました。

 

 本件原告滑り台は、自治体の発注に基づき、遊具として製作されたものであり、主として、遊具として利用者である子どもたちに遊びの場を提供するという目的を有する物品であって、「絵画、版画、彫刻」のように主として鑑賞を目的とするものであるとまでは認められない。

 

B.  本件原告滑り台は応用美術として美術の著作物に該当するか

裁判所は美術工芸品以外の応用美術であっても、実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものについては、「美術の著作物」(同法 10条1項4号)として保護されるうるとした従来的な見解(純粋美術同視説)を示しました。

そのうえで、本件原告滑り台の構成部分(ア)〜(ウ)および、全体の形状(エ)について、実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものであるかを検討したところ、つぎのように述べ、本件原告滑り台の美術の著作物への該当性を否定する判断をしました。

 

 

※下線部は筆者が挿入(以下同じ)

 

(ア) タコの頭部を模した部分について

 タコの頭部を模した部分は、本件原告滑り台の中でも最も高い箇所に設置されているのであるから、同部分に設置された上記各開口部は、滑り降りるためのスライダー等を同部分に接続するために不可欠な構造であって、滑り台としての実用目的に必要な構成そのものであるといえる。また、上記空洞は、同部分に上った利用者が、上記各開口部及びスライダーに移動するために不可欠な構造である上、開口部を 除く周囲が囲まれた構造であることによって、最も高い箇所にある踊り場様の床から利用者が落下することを防止する機能を有するといえるし、それのみならず、周囲が囲まれているという構造を利用して、隠れん坊の要領で遊ぶことなどを可能にしているとも考えられる

 そうすると、本件原告滑り台のうち、タコの頭部を模した部分は、総じて、滑り台の遊具としての利用と強く結びついているものというべきであるから、実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美的鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものとは認められない。

 

(イ) タコの足を模した部分について

 滑り台は、高い箇所から低い箇所に滑り降りる用途の遊具であるから、スライダーは滑り台にとって不可欠な構成要素であることは明らかであるところ、タコの足を模した部分は、いずれもスライダーとして利用者に用いられる部分であるから、滑り台としての機能を果たすに当たって欠くことのできない構成部分といえる

 そうすると、本件原告滑り台のうち、タコの足を模した部分は、遊具としての利用のために必要不可欠な構成であるというべきであるから、 実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものとは認められない。

 

(ウ) 空洞(トンネル)部分について

 本件原告滑り台は、公園の遊具として製作され、 設置された物であり、その公園内で遊ぶ本件原告滑り台の利用者は、これを滑り台として利用するのみならず、上記空洞において、隠れん坊などの遊びをすることもできると考えられる

 そうすると、本件原告滑り台に設けられた上記各空洞部分は、遊具としての利用と不可分に結びついた構成部分というべきであるから、実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものとは認められない。

 

(エ) 本件原告滑り台全体の形状等について

 本件原告滑り台のようにタコを模した外観を有することは、滑り台として不可欠の要素であるとまでは認められないが、そのような外観は、子どもたちなどの本件原告滑り台の利用者に興味や関心を与えたり、親しみやすさを感じさせたりして、遊びたいという気持ちを生じさせ得る、遊具のデザインとしての性質を有することは否定できず、遊具としての利用と関連性があるといえる。また、本件原告滑り台の正面が均整の取れた外観を有するとしても、そうした外観は、前記(ア)及び (イ)でみたとおり、滑り台の遊具としての利用と必要不可欠ないし強く結びついた頭部及び足の組み合わせにより形成されているものであるから、遊具である滑り台としての機能と分離して把握することはできず、 遊具のデザインとしての性質の域を出るものではないというべきである

 そうすると、本件原告滑り台の外観は、遊具のデザインとしての実目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものとは認められない。

II.     本件原告滑り台が建築の著作物に該当するか

本件原告滑り台が建築の著作物に該当するか否かについては、前述の応用美術に係る基準と同様の基準により判断するのが相当であるとしました。

そのうえで、本件原告滑り台が建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるかを検討したところ、つぎのように述べ、本件原告滑り台の建築の著作物への該当性を否定する判断をしました。

 

 本件原告滑り台の形状は、頭部、足部、空洞部などの各構成部分についてみても、全体についてみても、遊具として利用される建築物の機能と密接に結びついたものである。また、本件原告滑り台は、別紙1原告滑り台目録記載のとおり、上記各構成部分を組み合わせることで、全体として赤く塗色されていることも相まって、見る者をしてタコを連想させる外観を有するものであるが、こうした外観もまた、子どもたちなどの利用者に興味・関心や親しみやすさを与えるという遊具としての建築物の機能と結びついたものといえ、建築物である遊具のデザインとしての域を出るものではないというべきである。したがって、本件原告滑り台について、建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるとは認められない。

 

III.     結論

以上のことから、本件原告滑り台は、「美術の著作物」(著作権法10条1項4号)にも、「建築の著作物」(同項5号)にも該当せず、これについて著作権法2条1項1号所定の著作物としての保護は認められないことから損害賠償請求の理由もないと判断されました。

 

 5.     企業実務の視点で気を付けるべき点

企業法務の実務においても、「自社製品とそっくりな製品を他者が販売しているのでなんとかしたい」や「自社製品が他社製品を模倣していると他社から指摘された」といったご相談はよくいただきます。デザインの模倣については、他の知的財産権(商標、意匠、不競法等 )と合わせて検討する必要があるところ、商標や意匠の登録がない場合には、著作権法と不競法を中心に検討することになります。

著作権法で検討する場合、メーカーが製造する製品については、応用美術に該当するケースが多く、著作物性(美術の著作物として保護されるか )がまず問題になります。

本件では、純粋美術同視説のロジックが採用されたため、著作物性のハードルが上がり、結果として著作物性が否定されることになりました。そのため、複製権侵害や翻案権侵害といった侵害論にまではいたりませんでした。

企業実務としても、模倣された側としては、製品のデザイン模倣を著作権法だけで対応するのは一定のリスク(著作物性が否定されてしまう)があることを認識しておく必要があるでしょう。他社に模倣されないため(または仮に模倣されても排除させやすくするため)にも、まず商標や意匠といった登録制度の利用を検討し、そこでの対応が難しかった場合に著作権法や不競法での対応できるようにするという戦略を自社製品の企画段階から検討しておくことをおススメします。

一方で模倣したと指摘された側としては、著作権法の観点では、まずは他社製品の著作物性を否定できるかを検討することになります。その検討の際に本件のロジックは参考になるものと思われます。

 6.     さいごに

本コラムでは、タコ滑り台事件について解説しました。地裁判決では純粋美術同視説により著作物性が否定されましたが、知財高裁で同様の判断がされるかは不明です(過去に創作的表現説に立った知財高裁判決もあります。)。

このように応用美術の論点は非常に判断が難しいケースが多く、専門家からのアドバイスが必須です。自分で判断せず、専門家である弁護士に是非ご相談ください。顧問契約という形で、継続的なサポートを実施させていただくことも可能です。
 

 

 

 

 

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サンカラ

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