住宅地図の著作権侵害訴訟
1. はじめに
住宅地図の著作物性が争われた訴訟(以下、本件)で、原告の住宅地図について裁判所は、「住宅地図に必要と考える情報を取捨選択し、より見やすいと考える方法により表示したものということができる」として、「作成者の思想又は感情が創作的に表現されたもの(著作権法2条1項)であるから、地図の著作物(著作権法10条1項6号)にあたる」と認定したうえで、被告が原告の住宅地図を複写等する行為は、原告の著作権を侵害すると判断しました。
判決文
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/250/091250_hanrei.pdf
原告プレスリリース
https://www.zenrin.co.jp/information/public/pdf/220530.pdf
2. 事案の概要
目次
● 原告
日本全国の地図情報を調査した上、紙媒体の住宅地図である「ゼンリン住宅地図」やこの画像データをCR-ROM等に収録した電子地図ソフトウェアである「電子住宅地図デジタウン」等を作成し、販売する株式会社
● 被告
長野県内を中心に、広告物の各家庭ポストへの投函等を業とする「まかせてグループ」や、住宅購入相談を業とする「すまいポート飯田」等を運営する有限会社
本件は、原告が被告に対し、被告が①原告の住宅地図を複写し、これを切り貼りするなどしてポスティング業務を行うための地図を作成し、 同地図を更に複写したり、②譲渡又は貸与により公衆に提供したり、③同地図の画像データを被告会社が管理運営するウェブサイト(以下、「被告ウェブサイト」)内のウェブページ上に掲載したりしたことにより、これらの住宅地図に係る原告の著作権(複製権、譲渡権、貸与権及び公衆送信権)が侵害されたとして、 差止及び損害賠償の支払いを求めた事案です。
3. 主な争点
⑴ 原告各地図の著作物性
地図は、著作物の一つとして例示されています(著作権法10条1項6号)が、地形や土地の利用状況等の地球上の現象を所定の記号によって客観的に表現するものであることから、他の著作物と比べて創作性を発揮する余地が限定的になる傾向にあるとされています。しかし、各種素材の取捨選択や表示方法によっては創作者の個性を発揮し得るので、創作性が認められる場合もあります。
もっとも、地図といっても実測地図だけでなく様々なものがあります。以下では、地図の著作物性が争点となった過去の裁判例を紹介します。
● 編集地図
特定の情報提供を目的として情報を付加した編集地図では、付加情報を含めて創作性が判断されます。
東京高判S46.2.2「地球儀用世界地図事件」では、「独自の新しい構想と体系とに基づいて各種素材を取捨選択することに努め」たとして著作物性を肯定しました。
では、「本件土地宝典は、民間の不動産取引の物件調査に資するという目的に従って、地域の特徴に応じて複数の公図を選択して接合し、 広範囲の地図として一覧性を高め、接合の際に、公図上の誤情報について 必要な補正を行って工夫を凝らし、また、記載すべき公図情報の取捨選択が行われ、現況に合わせて、公図上は単に分筆された土地として表示され ている複数の土地をそれぞれ道路、水路、線路等としてわかりやすく表示し、さらに、各公共施設の所在情報や、各土地の不動産登記簿情報である 地積や地目情報を追加表示をし、さらにまた、これらの情報の表現方法にも工夫が施されていると認められる」として著作物性を肯定しました。
● 住宅地図
では、住宅地図の著作物性について「住宅地図においては、その性格上掲載対象物の取捨選択が自から定まっており、この点に創作性の認められる余地は極めて少ないといえるし、また、一般に実用性、機能性が重視される反面として、そこに用いられる略図的技法が限定されてくるという特徴がある」とし、地図一般に比べて更に制限されたものであると判示しています。
● イラスト化された地図
イラスト化・デフォルメされた地図は美術の著作物となりうる場合があります。
では、建物等の特徴の強調と省略により、略画的手法をもって手書きし、さらに写真で縮小して創作したパリ市観光用地図を「美術的香り豊かな著作物である」としています。
⑵ 被告らによる著作権侵害行為
● ➀複製権侵害
複製権は、第三者が無断で著作物を複製(有形的に再製)した場合に行使することのできる権利です。
裁判において複製権侵害が成立するには、著作権者の作品に依拠して被疑侵害品が作成されていること(依拠性)と、著作権者の作品と被疑侵害品とが同一又は類似であること(同一性・類似性)が要件となります。
なお、詳細については下記のコラムをご参照下さい。
➔ 著作権にはどのような種類があるのか(著作権法解説第1回)
● ②譲渡権・貸与権侵害
譲渡権は、第三者が無断で映画の著作物以外の著作物を譲渡により公衆に提供した場合に行使することのできる権利です。貸与権は、第三者が無断で映画の著作物以外の著作物の複製物を貸与により公衆に提供した場合に行使することのできる権利です。貸与権は譲渡権と異なり、著作物の原作品を対象としません。
なお、詳細については下記のコラムをご参照下さい。
➔ 著作権にはどのような種類があるのか(著作権法解説第1回)
● ③公衆送信権侵害
公衆送信権は、第三者が無断で著作物を公衆に送信した場合に行使することのできる権利です。
なお、詳細については下記のコラムをご参照下さい。
➔ 著作権にはどのような種類があるのか その2(著作権法解説第2回)
⑶ 被告らによる原告各地図の利用に対する著作権法30条の4の適用の可否
著作権法では、一定の「例外的」な場合に著作権等を制限して、著作権者等に許諾を得ることなく利用できることを定めています(著作権法30条〜47条の7)。
著作権法30条の4は、(a)技術の開発等のための試験の用に供する場合、(b)情報解析の用に供する場合、(c)人の知覚による認識を伴うことなく電子計算機による情報処理の過程における利用等に供する場合、その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には、その必要と認められる限度において、また著作権者の利益を不当に害さない限り利用することができる旨を規定しています。
なお、詳細については下記のコラムをご参照下さい。
➔ 他人の著作物を許諾がなくても利用できる場合とは?引用ならOK?
4. 裁判所の判断
- 原告各地図の著作物性
裁判所は、地図の著作物性の判断基準について、
一般に、地図は、地形や土地の利用状況等の地球上の現象を所定の記号によって、客観的に表現するものであるから、個性的表現の余地が少なく、文学、音楽、造形美術上の著作に比して、著作権による保護を受ける範囲が狭いのが通例である。しかし、地図において記載すべき情報の取捨選択及びその表示の方法に関しては、地図作成者の個性、学識、経験等が重要な役割を果たし得るものであるから、なおそこに創作性が表れ得るものということができる。そこで、地図の著作物性は、記載すべき情報の取捨選択及びその表示の方法を総合して判断すべきものである。
と示したうえで、
本件改訂により発行された原告各地図は、都市計画図等を基にしつつ、原告がそれまでに作成していた住宅地図における情報を記載し、調査員が現地を訪れて家形枠の形状等を調査して得た情報を書き加えるなどし、住宅地図として完成させたものであり、目的の地図を容易に検索することができる工夫がされ、イラストを用いることにより、施設がわかりやすく表示されたり、道路等の名称や建物の居住者名、住居表示等が記載されたり、建物等を真上から見たときの形を表す枠線である家形枠が記載されたりするなど、長年にわたり、住宅地図を作成販売してきた原告において、住宅地図に必要と考える情報を取捨選択し、より見やすいと考える方法により表示したものということができる。したがって、本件改訂により発行された原告各地図は、作成者の思想又は感情が創作的に表現されたもの(著作権法2条1項)と評価することができるから、地図の著作物(著作権法10条1項6号)であると認めるのが相当である。
また、前記(2)アのとおり、本件改訂より後に更に改訂された原告各地図は、 いずれも本件改訂により発行された原告各地図の内容を備えるものであるから、同様に地図の著作物であると認めるのが相当である。
として原告各地図の著作物性を肯定しました。
本件においてもこれまでの判例に則り、地図は他の著作物と比較して著作権の保護を受けることのできる範囲は狭いとしたものの、記載すべき情報の取捨選択及びその表示の方法によっては創作性を発揮しうるので、地図の著作物性の判断基準は、記載すべき情報の取捨選択及びその表示の方法であると述べています。
- 被告らによる著作権侵害行為
● 原告各地図に係る複製権侵害の成否
原告各地図に係る複製権侵害の成否については、
前記(1)アないしカのとおり、被告会社は、本件改訂より前に発行された原告各地図又は本件改訂以降に発行された原告各地図を購入し、一つの配布エリアがA3サイズ1枚に収まるように、これらの原告各地図の該当頁を適宜縮小して複写し、これらのうち必要な部分を切り取り、道路や建物等にずれが生じないようにつなぎ合わせるなどして、被告各地図の原図を作成したこと、被告会社は、広告物のポスティングを行う配布員に対し、被告地図1ないし13の各原図を複写してこれを交付したこと、被告会社は、新たに得た情報を書き込むなどして被告地図1ないし16の各原図を修正して新たな原図を作成したことが認められる。
そして、前記1(4)のとおり、本件改訂以降に発行された原告各地図は、地図の著作物と認められる。
したがって、被告会社の上記各行為のうち本件改訂以降に発行された 原告各地図に係るものは、原告の複製権を侵害するものと認めるのが相当である。
として複製権侵害を認定しました。
複製権侵害については、上述の通り依拠性と同一性・類似性が要件となります。本判決文中には、「依拠」や「同一又は類似」の文言は登場していませんが、被告会社が被告各地図の原図を作成する過程で、原告地図を複写しているので原告地図に依拠しているといえますし、被告各地図の原図及び被告各地図は、原告各地図の創作的表現をそのまま利用しているといえるので、原告地図と被告各地図の原図及び被告各地図は同一又は類似であると解されます。
● 原告各地図に係るその他の著作権侵害の成否
原告各地図に係るその他の著作権侵害の成否については、
前記(1)カのとおり、被告会社は、被告フランチャイジーに対し、被告地図12ないし16の各原図を送付し、また、第三者に対し、被告地図17ないし24の各原図を販売したところ、前記(2)によれば、これらの原図には、別紙本件改訂時期等一覧表の「頁数1」及び「頁数2」欄記載のとおり、本件改訂以降に発行された原告地図12ないし17の一部を複製したのが含まれているから、この限りにおいて、被告会社による上記各行為は、原告地図12ないし17に係る原告の譲渡権を侵害するものと認められる。
他方で、被告会社が被告地図12ないし16の各原図の複製物を貸与により公衆に提供したことを認めるに足りる証拠はないから、被告会社が原告地図12ないし16に係る原告の貸与権を侵害したとは認められない。イ前記前提事実(4)ウのとおり、被告会社は、被告ウェブサイト内の店舗8及び11に係る各ウェブページ上に、被告地図8の一部である地図1枚及び被告地図11の一部である地図3枚の各画像データを掲載したところ、前記(2)のとおり、被告地図8及び11の各原図又はこれを複写したものは、 原告地図8及び11の複製物であるから、被告会社による上記掲載行為は、原告地図8及び11に係る原告の公衆送信権を侵害するものと認められる。
として譲渡権侵害及び公衆送信権侵害を認定しましたが、貸与権侵害は否定しました。
⑶ 被告らによる原告各地図の利用に対する著作権法30条の4の適用の可否
被告らによる原告各地図の利用に対する著作権法30条の4の適用の可否については、
前記前提事実(4)のとおり、被告らは、各家庭に広告物を配布するポスティング業務を行うために、原告各地図を複写し、これらを切り貼りしてポスティング用地図である被告各地図の原図を作成し、ポスティングを行う配布員は、上記原図を更に複写したものを受け取り、これに記載された建物の位置、道路等の情報を基に、ポスティングを行ったものである。したがって、被告会社は、原告各地図に記載された建物の位置、道路等の情報を利用するために、 原告各地図を複写の方法により複製したものであるから、被告会社による複製行為は、原告各地図に表現された思想又は感情を自ら享受し、又は配布員に享受させることを目的としたものであることは明らかである。
また、被告会社が、前記3(3)アのとおり、原告地図12ないし17の複製物 を譲渡したり、前記前提事実(4)ウのとおり、原告地図8及び11の複製物を被告ウェブサイト内のウェブページ上に掲載したりしたことについても、同様である。
以上によれば、著作権法30条の4は適用されないから、被告らの上記主張は採用することができない。
として著作権法30条の4の適用を否定しました。
5. おわりに
本コラムでは、地図の著作物性と著作権侵害の有無について争われた事例について解説しました。企業内において、地図(Yahoo!地図やGoogleマップ、国土地理院等)を日常的に利用するケースは非常に多いと思います。例えば、最寄り駅から自社までの道順を説明するために地図を利用する、営業先までのルートを地図で調べる、地図アプリをナビ代わりで利用するといったケースです。
ただ、日常的によく利用するが故に安易に著作権侵害をしてしまう可能性があり、企業活動の観点からは特に注意が必要です。以下は侵害主体が企業ではなく地方公共団体ですが、実際に問題になって報道された事例になります。
産経デジタル「県HPで著作権侵害の恐れ 宮城4000枚、岩手2000枚の地図掲載」https://www.sankei.com/article/20170331-C43GZX6Z5JLPDLWIBGB4JHGPX4/
実際に地図提供法人が作成した地図を利用する場合には、本コラムで紹介した著作権法の観点と合わせて利用規約(利用許諾の条件を含む)も確認する必要があります。地図提供法人の利用規約の内容は法人によって異なっており、キャプチャや印刷は禁止されているが地図提供法人側が用意したAPIやSDKを利用すれば問題ないケース等もありますし、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスで提供されていてある程度自由に利用できるケース(例:OpenStreetMap)もあります。
このように、企業において地図を利用する場合には、法的に注意すべき点が多くありますので、少しでも不安や疑問がある場合には弁護士にご相談ください。