「能力不足」を理由に会社をクビにできる?会社側・従業員側それぞれの注意点
「能力不足を理由に会社をクビにできるのか?」そう悩まれている使用者は多いでしょう。
日本国民の三大義務には「勤労の義務」があります。何人も、勤労の権利を有し、義務を負うというもの。たとえ、能力不足が原因であっても、簡単に解雇されてしまえば、勤労の権利や義務を妨害されてしまうことになります。
そのため、使用者が労働者を解雇するためには、相当な理由が必要であることが一般的です。単に「能力不足だからクビにする」というのは認められないでしょう。
そこで今回は、能力不足で従業員を解雇できるのか、使用者・労働者、両者の目線から詳しく解説していきます。最後には、労使それぞれの注意事項もお伝えしています。ぜひ参考にしてください。
目次
能力不足で従業員をクビ(解雇)にできる?
一度雇用契約を締結した以上は、相当な理由が認められない限りは、使用者側から一方的に労働者をクビにできません。それは、たとえ労働者の能力不足が原因であったとしても同様です。
使用者からすれば「能力不足の労働者に対して給料を支払いたくない」と思うでしょう。一方で、労働者は自分の生活がかかっているため一生懸命働こうとしますし、結果を残そうと努力をしているはずです。
ここで使用者と労働者の間で相反する意見がぶつかり合ってしまうため、労働者のクビに対するトラブルが多発してしまいます。まずは、能力不足を理由に従業員をクビにできないのかについてお伝えします。
能力不足を理由にしたクビは難しい
能力不足が理由で従業員をクビにするのは容易ではありません。一度、雇用契約を締結してしまうと、使用者から労働者をクビにするためには相当な必要が理由であるため、最終的には使用者側で面倒を見るしかないでしょう。
実際、「労働者の能力不足」のみを理由にしたクビが認められたケースはとても少ないです。たとえば、「仕事でミスばかりしてしまう労働者」「何をしても空回りしてしまう労働者」「営業でなかなか結果を出せない労働者」など、使用者としてはクビにして経費(給料等)の削減を図りたいのが本音でしょう。
その分、結果を出している従業員に還元したいと考えるのは、使用者の当然の思考です。ただ、労働者目線で見ると、自分(労働者)にも生活があります。お金を稼いで自分の生活基盤を整えなければなりません。
使用者の一方的な理由で労働者を解雇し、不安定な状況におかれてしまうと、労働者自身の生活(人生)を狂わす原因にもなりかねません。よって、労働者の生活を守るためにも、使用者側からの一方的な解雇は厳しく規制されているのが現状です。
重大な能力不足はクビにできる可能性あり
労働者の生活を守る目的から見ても、能力不足を理由にしてクビを言い渡すことは許されません。とはいえ、小規模な会社であるほど、能力不足である従業員1人を雇用するための人件費が重くのしかかります。
よって、使用者側は「重大な能力不足」があると認められるときに限っては、クビにできる可能性があります。たとえば、会社に多大な損害を与えるミスを連発する場合や、何度注意をしても本人自身が改善する意思がない場合などはクビが認められやすくなるでしょう。
ただ、「重大な能力不足」の定義は非常に曖昧です。労働者はクビに納得ができなければ、地位確認を求めて提訴したり損害賠償請求をしたりできます。提訴されて初めて第三者(裁判所)が中立的な立場から、判断することになるでしょう。
つまり、「◯◯になれば、重大な能力不足で解雇できる」とは一概に言えません。使用者は可能な限り改善の策を探したほうが良いですし、解雇された労働者は、提訴して第三者に判断を委ねてみても良いでしょう。
能力不足でクビが認められる要素
能力不足でクビにするためには、最低限次の4つの要素事実がなければなりません。
著しい成績不振
客観的にみた公平性
改善の余地が見込めるか否か
会社へ与える損失の程度
次に、能力不足を理由に従業員をクビにする際に必要な4つの要素事実について、詳しくお伝えします。能力不足の従業員をクビにしたい使用者、クビにされた労働者の方は、これからお伝えする4つに該当するか否か自分の状況に照らし合わせてください。
著しい成績不振
労働者自身の業績が著しい成績不振なら、能力不足として解雇にできる可能性があります。たとえば、その人の営業成績が著しく悪いにもかかわらず、契約上会社側が多額の給料を支払わなければならず、経営に影響が出始めている場合などです。
単に「営業成績が悪い」「効率が悪い」程度でクビにすることはできません。あくまでも、会社に与える影響の程度が大きな判断材料になり得るでしょう。
とはいえ、能力不足の従業員へ支払う給料によって経営に問題が発生しているなら、給料の減額等を打診するのが先です。著しい成績不振の基準は、非常に抽象的で曖昧です。慎重に判断したうえで、必要に応じて弁護士へ相談してみましょう。
客観的にみた公平性
従業員を能力不足でクビにするためには、客観的にみた公平性も大切です。たとえば、従業員の能力不足が客観的にそういえるのかが一つのポイントになるでしょう。
会社内の判断のみで「この従業員は能力不足だ」といっても、会社のレベルが明らかに高い場合などは、客観的にみた公平性が認められません。あくまでも、第三者目線で社内を見たときに能力不足であると認められるか否かが大切です。
ちなみに、客観的な公平性は労働契約法第16条「解雇」によって定められています。社内のことを客観視できない場合は、弁護士などの第三者に相談するのも有効です。
改善の余地が見込めるか否か
能力不足に対する改善指導をしたか、されたかは、非常に重要な部分です。
従業員に著しい能力不足があったとしても、その従業員に対して改善を促したり指導したりするのは会社側の義務です。一方で、労働者は会社側からの指導等を聞き入れ、実際に改善しようと試みたかどうかが、能力不足でクビにできるか否かを決定する大きな一因になり得ます。
「そもそも会社側が指導義務を果たしていない」「指導方法が十分ではない」と認められるときは、能力不足を理由にした解雇は難しいでしょう。一方、しっかり指導しているにもかかわらず「指導されてもやらない」「本人に改善の意思がない」「全く改善しない」などの事実がある場合は、解雇できる可能性が高まります。
会社への損失
能力不足を理由に従業員を解雇する際、会社へ損失を与える可能性はあるか、実際に損失を与えたかも重要な部分です。たとえば、能力不足である労働者に対して業務を任せた際、著しい能力不足で納期に間に合わせることができず、このことによって会社が多大な影響を受けた場合などが該当します。
ただし、会社側は進捗を確認したり、必要に応じて協力をしたり、各労働者の能力に合わせた業務配分を求められたりするため、実際に会社への損失がクビに直結するケースは稀です。
能力不足の労働者がいること・行ったことで、実際に会社へ大きな損失を発生させた場合・させかねないと認められる場合に限っては、解雇が認められやすくなります。判断が難しい場合は「会社への損失はどうか?」を考えればわかりやすいでしょう。
【事例】能力不足が正当な解雇(クビ)理由に該当するケース
能力不足を理由に従業員をクビにするには、「雇用関係を維持することができないほど、著しい能力不足であること」が必要です。実際、能力不足を感じている従業員を雇用している使用者から見れば、「著しい能力不足だ」と思うがために解雇を検討しているのでしょう。
ですが、その事実が客観的に見るとどうかと問われれば難しくなります。「この人はダメだ」と思えば、その固定観念に囚われている可能性も否定はできないでしょう。ここでは、能力不足による解雇が正当として認められる可能性が高い事例についてお伝えします。
著しい能力不足・改善の余地がない
著しい能力不足と改善の余地がないことは、正しく解雇するためには必要です。とはいえ、これらの基準が曖昧である以上、争いはなくなりません。
わかりやすい例でいうと、従業員が病気やケガ等で就労能力を失った場合は、能力不足による解雇が認められやすいでしょう。たとえば、労働者が精神疾患を患い、明らかに業務へ支障をきたす場合などです。
もちろん、労働者は休職等を申し入れることも可能ですが、今後も改善の余地がないと判断される場合には、解雇が正当と認められるでしょう。
試用期間中の解雇
正当な解雇として認められやすい2つ目の事例が、試用期間中の解雇です。試用期間は、お試し期間に当たります。使用者は、その期間内で労働者の能力を判断しなければなりません。
試用期間中の解雇であっても合理的な理由を求められます。たとえば、即戦力として採用した人材が、実際は全く戦力にならなかった、新人教育もできないレベルであり、改善の見込みがないような場合は解雇を認められる可能性があります。
能力不足で従業員をクビにする際の会社側の注意点
能力不足を理由に従業員をクビにする際、会社側は次のことに注意してください。
能力不足による解雇は相当な理由が必要
訴訟発展リスクについて
退職推奨が違法になるケースもある
解雇時に会社側が注意すべきことについて詳しく解説していきます。
能力不足による解雇は相当な理由が必要
能力不足を理由に解雇するのには、相当な理由が必要です。単に「効率が悪いから」「まったく仕事ができないから」「成績が上がらない」などの理由で解雇できるとは限りません。
使用者は指導をしたり改善を促したり、やれることはすべてやったりしてもなお改善せず、その結果、会社に損失を与えてしまいかねないほどの能力不足が必要です。誤った解雇をしてしまうと、労働者との間でトラブルが発生することもあるでしょう。
地位確認請求訴訟のリスクがある
能力不足による解雇に納得ができなければ、従業員は地位確認請求をするでしょう。万が一、裁判で解雇が不当と認められた場合には、会社側が労働者に対して損害賠償金を支払わなければなりません。
また、会社の規模が大きければ大きいほど、日本国内で大きなニュースとなり得るでしょう。場合によっては、会社の業績やイメージを大きく傾けてしまう結果にもなりかねません。
従業員をクビにする際には、正当な理由を持って正しく対応することが非常に重要です。
退職推奨が違法になるケースもある
「能力不足による解雇が難しいなら、退職を推奨しよう」と考える方もいますが、あまりおすすめできる手段ではありません。退職推奨は難しい問題であり、一歩間違えると違法になりかねないからです。
従業員に対して「やめて欲しい」と伝えるのは良いですが、執拗に退職を迫ったり従業員が「NO」と言っているのに無理矢理勧めたりすることがないようにしてください。
能力不足でクビにされた際の従業員が取るべき対処
能力不足を理由に会社をクビにされて従業員は、これからお伝えすることを参考にしてください。
解雇理由の確認
解雇が不当なら地位確認請求
各種書類受け取り申請
何度もお伝えしていますが、正当な理由なく解雇はできません。万が一、一方的に解雇されてしまったときは、その後の自分の状況次第で対応が分かれます。これからお伝えすることを参考にしてください。
解雇理由の確認
解雇は、使用者側からの一方的な手続きです。解雇された以上は、雇用契約を継続できません。よって、ご自身の生活にも多大な影響を及ぼす恐れがあるでしょう。
解雇を言い渡された際は、かならず解雇理由の説明を求めると同時に、解雇理由証明書の受け取りも忘れないでください。解雇理由証明書は、会社側に発行義務があります。後のトラブル発生時に役立つ書類となるため、かならず受け取りましょう。
一方的に解雇されたときは地位確認請求
解雇理由に納得ができないときは、地位確認を求めて提訴(地位確認請求訴訟)できます。使用者・労働者で争いがあるときは、裁判所の判断に委ねられますが、解雇が不当と認められれば復職や損害賠償請求が可能です。
もちろん、地位確認請求訴訟によってご自身の地位が認められた場合であっても、かならず復職する必要はありません。ご自身が「嫌な思いをした会社だからこれっきりで良い」と思うなら、賠償金だけ受け取れば良いでしょう。
いずれにせよ、納得ができない解雇あるいは退職推奨があった場合には、弁護士へ相談することをおすすめします。
解雇受け入れ後は各種書類の受取・申請
能力不足による解雇を言い渡された後、自分自身で納得して解雇を受け入れるなら、下記の書類の受け取り申請をしてください。
【解雇された際にかならず受け取る書類一覧】
受け取る書類 | 必要になる場面 | 注意事項 |
---|---|---|
解雇通知書 | 解雇された事実を証明する際に必要 | 解雇された場合は失業保険等で優遇されます。かならず受け取ってください。 |
解雇理由証明書 | 会社側と争う際に必要 | 争う意思がなく、解雇を受け入れた場合であっても、かならず受け取るべき。後のトラブル時に役立ちます。 |
雇用保険被保険者証 | 雇用保険に加入していたことを証明する際に必要 | 会社で保管されていなければ、ハローワークで再発行が可能。 |
離職票 | 失業給付金を受け取るために必要 | 解雇の場合は待機期間が短縮。 |
年金手帳(厚生年金基金加入員証) | 年金手続きを行う際に必要 | 転職先が未定の場合は、国民年金への加入が必須。 |
源泉徴収票 | 税申告をする際に必要 | 場合によっては確定申告が必要(金額がわかっていれば原本は不要)。 |
特に注意すべきは、解雇された際のみ受け取る解雇通知書および解雇理由証明書です。いずれも会社が解雇をした証拠になり、トラブル発生時等にも大変役に立ちます。解雇をした際は、会社側に発行義務があるのでかならず請求・発行をしてもらってください。
なお、「自己都合退職扱いにされた」というケースも珍しくはありません。そういったトラブルを防止するためにも、絶対に退職届を提出しないでください。
会社側と話がまとまらない場合は、弁護士に介入してもらうのも有効です。状況に応じて対応を検討してください。
まとめ
今回は、能力不足が原因で会社をクビにできるのかについて、会社側・労働者側の両方の目線から解説しました。
労働契約を締結してしまうと、会社側から一方的に契約を打ち切る解雇はなかなか認められません。それが、従業員の能力不足が原因であったとしても同様です。
解雇をするためには相当な理由が必要であり、能力不足が相当な理由に該当するか否かが大きな争点になり得るでしょう。会社からすればお荷物を抱えているだけに感じてしまうかもしれませんが、生身の人間であり生活がかかっている以上は、ある程度保護されなければなりません。
一方、従業員は改善する努力を怠ってはなりません。
著しい能力不足の定義は曖昧で、解雇は会社にとって非常にリスキーです。状況等を考慮したうえで適切な対応を心がけてください。
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